膀胱癌の体験2(入院生活)

手術

 手術前夜、Tドクターが病室に現れて明日の手術法選択の再確認があった。内視鏡による手術も選択肢であったかもしれないが、迷わず回腸導管法を選んだ。何しろ完全治癒しか頭にはなかったからだ。

 朝9時、予定通りだ。寝台車に乗せられ、肩に注射を打って皆に「頑張って!」と見送られながら、病室から手術室に向かった。ただ見えるのは廊下の天井のみだ。特別な不安も無く想像もなかった。まさに「まな板の鯉」であった。

 手術室の二重になった扉が開かれて中に運び込まれた。手術台に移されて血圧計らしいプルーブが腕に装着された。これから始まるのかと周りを確認する暇もなく、「これから麻酔をかけますよ!」と声をかけられてマスクが顔に近づいた。その瞬間、意識がなくなった。

 気がつくと天井が目に留まった。「ここ何処?」尋ねると、「集中治療室だよ」と何処からともなく声が帰ってきた。手術は終わったのだ。周りに誰が居たのかは分からない。兎に角、ホッとして眠りに就いた。翌朝、ナースセンター前の病室に移された。どうなったのかは分からないが、兎に角、痛みは全く無い。体は緊張して硬直状態で動かす勇気なぞ無かった。

 あとから聞いた話だが、手術は予定より長引き約9時間かかったそうだ。家族は切除した膀胱を前に説明を受けたそうだが、私も一度見てみたかった。その時は見る要求は起きなかったので、見る機会を失ってしまった。良くも悪くも自分では見なくて、シークレットにしておいたのが幸せでよかったのだろう。

 

入院生活

  入院して、手術前のいろいろな検査が始まった。看護婦さんたちは親切だ。しかも独楽鼠のごとくよく動いていた。感心してしまった。

 病院での仕事は、手術後の痛みを押さえるために練習器具を使っての胸式呼吸の練習をすることだ。 空気の流量を調節しながらの練習はなかなか難しかった。

 手術の前日、栄養補給のための管が首の付け根から挿入された。なぜか処置の際に痛みは無かった。最後にドクターから手術の意思確認があったのは前に述べた通りである。就寝前に下剤を注入して腸を空にしたわけだが、本当に残留物が無くなるほどになったのか心配であった。

 手術後の痛みは殆ど感じず、痛み止めを必要としなかった。ただ、痰が絡まり咳をする時が辛かっただけであった。腕には点滴の針が刺され、頭上の薬瓶に繋がっていた。鼻からは痰を吸い取るための管が喉の奥まで挿入されてサクション器に繋がれた。下腹部からは数本の管が出ておりドレイン吸引器や採尿袋に繋がっていた。

 まるで管でベットに括りつけられたガリバーになった気分だ。ベットは廃液の流れが良くなるように、少し上体部を高く保たせていた。食事は全く無く、栄養パックから首の付け根の静脈に供給される液体のみであった。これで約2週間の間、全く空腹感が無いから不思議である。

 

退院

 退院して家路へ向かう途中はストーマアを手のひらでかばっていた。家のベットで静養していると、頭に浮かぶのは癌の転移の心配ばかりであった。まさに、身の置き場の無い想いであった。

 退院後は、パウチの交換の要領が分からず閉口した。まだ回腸の運動が活発なせいか、パウチを剥がすと拭き取る間もなくストマから間欠泉のごとく尿がほとばしって、まるで活きの良い貝のごとくであった。30秒と止まることは無かった。その間に恐る恐る交換するから失敗も余計多かった。

(追記)7年経った今では回腸の運動も活発ではなく、落ち着いて交換できる。手際も良くなった。しかも、入浴のついでに交換するから、予期せぬ噴射があっても衣服を汚すことはない。